石井毅(箕島・西武)木村竹志へ改名理由?甲子園での星稜戦や身長や年齢やプロでの成績について

夏の甲子園大会第百回大会記念のレジェンド始球式
初日の松井秀喜さんに続いて二日目の8月6日は石井毅(いしい たけし)さん(箕島高校)です。

写真出典)http://koshien.mainichi.jp/graph/koshien/meitousyu/005.html

しかし、石井毅さんネットで検索すると木村竹志(きむら たけし)という人が出てきます。

人違い、Googleのなんらかのミスと思いきや
箕島高校で甲子園に出た石井毅さんは木村竹志に改名していたことがわかりました。

しかし石井から木村へ
名字まで改名できるのかという疑問も?

甲子園のレジェンド石井毅(箕島高校)の甲子園での活躍
特に昭和54年夏の甲子園3回戦の星稜高校と延長18回は奇跡の試合として今でも語り継がれています。

石井毅(箕島高校)
身長や現在の年齢、星稜高校と延長18回の奇跡、プロでの成績そして
木村竹志へ改名理由をまとめてみました。






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石井毅(木村竹志)身長や年齢プロフィール

甲子園をわかせた石井毅さんは現在年齢は57歳で、木村竹志(キムラタケシ)に改名して野球を離れて
実業家として生活しているようです。

身長は172 cmと野球選手では小柄な体格ですが石井毅さんはアンダースローの投手として
甲子園で活躍しました。

8月6日のレジェンド始球式に登場する石井毅さんはたしてアンダースローで始球式のボールを投げるのか?見ものですね!!

石井毅(木村竹志)
元プロ野球選手、監督
旧名:石井 毅

出身地:和歌山県有田市出身
生年月日:1961年7月10日 (57歳)
身長/体重:172 cm / 70 kg
和歌山県立箕島高等学校
住友金属
西武ライオンズ

 

石井 毅さんの甲子園での活躍

箕島高校の甲子園での黄金時代は石井 毅さんのアンダースローによって築かれました。
1979年に箕島高校進学した石井 毅さんは
その年の秋から投球フォームをアンダースローに変えてエースとなります。

石井 毅さんは投手としてアンダースローの速球はもとより、
シンカー、スライダーなど多彩な変化球を織り交ぜ、的を絞らせないピッチングで
抜群の安定感がありました。

当時箕島高校には阪神に入団した嶋田宗彦選手がキャチャーとしていました。

石井 嶋のバッテリーで
箕島高校は甲子園春・夏連覇を達成しました。

石井毅さんの投手としての甲子園での勝利は通算14勝
まさに甲子園のレジェンドですね。

そして、石井毅さんを語る上で避けられないのが
奇しくも前日のレジェンド始球式の松井秀喜さんの母校星稜高校との対戦です。






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石井 毅 箕島高校伝説の星稜高校と延長18回の名勝負

写真出典)https://www.jiji.com/jc/d4?p=egw001-05523132&d=d4_news

そして、甲子園のレジェンド石井 毅を語る上で欠かせないのが
昭和54年夏の甲子園3回戦の星稜高校と延長18回の名勝負です。

その時のスコアがこちら

昭和54年選手権大会・3回戦 =延長18回= (星稜)堅田外司昭 (箕島)石井毅
星 稜 001 000 000 001 000 100=3
箕 島 001 000 000 001 000 101=4

星稜の石井毅投手は星稜の堅田外司昭投手と延長18回にわたる投合の末に
18回裏に箕島高校の劇的なサヨナラ勝ちがありました。

3時間50分の壮絶な試合は数々の奇跡があった試合として語り継がれています。

星稜の好投手・堅田外司昭(松下電器)との投げ合いで1対1の同点のまま延長戦に突入。

箕島高校9回ツーアウト走者なしからの奇跡

12回の表に勝ち越された箕島は12回裏、”最初の奇跡”2死走者無し
誰もが最後の打者と思った箕島・嶋田の打球は左翼ラッキーゾーンへのホームラン。

試合は2対2の振り出しに。

そして14回の裏 箕島の森が
星稜の若狭三塁手の隠し球でサヨナラ機を逸します。
まさかの隠し玉でした。






箕島高校16回裏ツーアウト平凡なファールフライ万事休すから奇跡の

そして2回目の奇跡が起きたのは星稜に1点を勝ち越され3対2で迎えた16回の裏。

最後の打者思われた隠し玉でアウトになった”森川”が平凡な一塁ファールフライで万事休す
これで試合終了と思われた。

しかし、星稜・加藤直樹一塁手が照明灯に目がくらみ人工芝の継ぎ目に足が引っかかり転倒捕球できず。
捕球すれば箕島の負けと連覇の夢が終わった瞬間でした。

奇跡は起きました、命拾いした森川は3球粘ったあと左中間スタンドに奇跡のホームラン
彼が公式戦で一度も打ったことのないホームランがこの時でたのです。

またしても試合は3対3のフリ出しに

そして箕島は、引分再試合かと思われた寸前の延長18回裏
2四球で1死一二塁から、上野のタイムリーでサヨナラ勝ち

3時間50分の箕島高校対星稜高校は
奇跡のドラマとして甲子園史上最高のゲームといわれています。

箕島対星稜 (第61回全国高等学校野球選手権大会3回戦 感動の動画)
箕島が延長18回を制して勝っただけでなく球児には果てしないドラマがあります。
負けた星稜の堅田外司昭投手はこの後、審判の道をすすみ甲子園で球児とともに
そしてなんと15年後に同じメンバーで再試合最後のボールをとったのは?(感動の動画です)

動画 甲子園とは 箕島対星稜 奇跡の試合

甲子園の後の石井毅投手は

春夏連覇と奇跡の大試合を演じた箕島高校の石井毅投手は
卒業後、箕島高校の同僚の捕手(後阪神タイガース入団)嶋田選手と共に住友金属和歌山に入社し
社会人野球で活躍しました。

石井毅投手は住友金属和歌山で
第53回都市対抗野球大会で優勝し、自身も橋戸賞を受賞しています。

プロ野球西武ライオンズでの石井毅投手の成績

プロ野球での石井毅投手の成績はどうだったのでしょうか。

石井毅投手は住友金属から
1982年のドラフトで西武ライオンズに3位指名され入団しました。

契約金6000万円年俸580万円(推定)でした。

しかし、西武ライオンズでの成績は腰痛が原因で十分な成績を残せていません。

石井毅投手の西武ライオンズでの成績

1983年から1887年までの5年間で85試合登板
143.2投球回
8勝4敗4セーブ 防御率3.63
104奪三振
獲得タイトルなし

しかし、143.2回の投球に回数で104個の三振をとっている
石井投手、腰痛という故障がなければもっと活躍していたに違いありません。

石井投手はアメリカのサンノゼ・ビーズに野球留学し1988年に引退しています。

石井毅の木村竹志への改名理由

引退後に石井毅さんは木村竹志へ改名しています。

なんで、名字まで改名できるのか?
という疑問がのこりますね。

実は夫人の実家である木村家の養子となり名字が石井から木村になった石井毅さん。

木村毅の名前を姓名判断からの理由で現在の名前木村竹志へと改名したそうなんです。

その後も、木村竹志さんは故郷の和歌山や関西の野球振興のため活躍し
関西独立リーグでは監督として甲子園で知られ旧名:石井毅で監督をされたこともあります。

これで石井毅=木村竹志の謎がとけたと思います。

ご精読ありがとうございました。






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2018.08.06

レジェンド始球式メンバー日程!始球式はユニフォーム姿ではない?

レジェンド始球式 石井毅(箕島・西武)木村竹志へのネットの声

今日の高校野球の始球式は石井毅。俺が高校野球、観始めた時の春、夏の優勝投手。今あんな粘り強いサイドスローの投手いないなぁ。懐かしい。

甲子園は大会第2日、今日は4試合が行われます。 ▽1回戦 始球式:石井毅〔木村竹志〕氏(箕島OB)

箕島高校 木村 竹志さん? 旧姓(石井 毅)さんで 全員分かりました

レジェンド始球式、今日は箕島で春夏連覇した時のエース木村竹志氏。 ピンと来ない人もおるかも? 表記だけでも、石井毅じゃいかんのやろかね

日目の木村竹志て誰?と思ったら、元西武ライオンズの石井毅ですね。

昨日は石川星陵が登場(^^)となると、伝説の箕島―星陵戦の映像が流されます。本日の甲子園始球式は当事者の石井毅投手です

この箕島出身の木村竹志さんは、当時石井毅を名乗って、卒業後は西武ライオンズでプレーした

木村竹志って誰やねんと思ったら石井毅かいな

あの春夏連覇の箕島高校の石井毅選手は かっこよかった。 頑張っている選手たちを見ながら座ることすら申し訳なくて、テレビの前で立って応援してました。 明日の始球式はとてもとても楽しみ

大会2日目のレジェンド始球式は箕島の石井毅さん。すげー

高校野球総選挙で箕島の石井毅がランクインせずに、最近の選手多めなのが納得出来へん。。 ファン10万人とは一体 あと、箕島VS星稜戦にも少しでいいから触れて欲しかった。

簑島高校の石井毅が入ってないのもおかしい! 甲子園通算14勝(桑田に次ぐ二位)で、簑島ー星稜の死闘の投手だよ!

私が西武ライオンズのファンになるきっかけの1つである 元箕島高校の石井毅さんの始球式がありますよ\( ˆoˆ )/ 8時ですよ\( ˆoˆ )/

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