本間篤史氏(駒大苫小牧) って誰?現在(Wiki)は何をしている

第100回夏の甲子園大会
8月11日日曜日のレジェンド始球式は本間篤史氏(駒大苫小牧)

しかし、駒大苫小牧といえばマーくんこと現大リーグヤンキース田中将大投手ですよね。

実は本間篤史氏は田中将大投手のチームメイトで主将を務め
2006年の早稲田実業との伝説ともなった延長15回引き分け再試合を戦った選手なんです。

レジェンド最年少の始球式を務める
本間篤史氏は駒大苫小牧を卒業後、何をしているのか?

本間篤史氏(駒大苫小牧) 現在をまとめてみました。






「メガネの主将」本間篤史(駒大苫小牧)

ネットで集めた情報では
本間篤史さんは、2006年の斉藤投手を擁する早稲田実業と夏の甲子園決勝で戦った選手です。

本間選手は北海道の余市町出身

駒大苫小牧の「メガネの主将」主軸の打者として活躍した選手です。

2006年 高校野球選手権 駒大苫小牧 VS 東洋大姫路
鋭い打球を放つ「メガネの主将」本間篤史

やはり駒大苫小牧といえばまず思い起こすのが
現ヤンキース田中将大と早実のエースハンカチ王子斎藤投手とが
投げあった2006年の決勝のイメージですね。

本間篤史さんは05年夏の甲子園では2年生ながら4番で駒大苫小牧の夏連覇に貢献しました。

本間篤史VS早実斎藤佑樹投手との対決

そして主将だった3年生、06年の夏の甲子園決勝では早実と延長15回引き分け再試合で準優勝

延長15回にもつれ込んだ1戦目、引き分けとして最後の打者となった本間篤史さん。

斎藤投手はフォークボールで本間選手を三振に。

この場面は普通は直球勝負の場面で直球に的を絞っていた本間選手

しかし斉藤投手はあえて本間選手に神宮大会で打たれたフォークボールで勝負にきたそうなんです。

本間選手はそれほど、齋藤投手からライバル視されていたんですね。

本間選手は甲子園の後は高校日本代表入りを果たしました。






本間篤史 駒大苫小牧高校卒業後は亜細亜大学へ

本間篤史さんは駒大苫小牧から亜細亜大学へ進学

亜大では1年春から先発出場
しかし、アクシデントが2年時おこりました。

左手首の骨折でした。

この骨折に寄って4年になるまで公式戦に出ることが出来ませんでした。
この数年間ですっかり甲子園決勝をわかせた本間選手は忘れ去られる存在となってしまいました。

社会人野球はJR北海道

亜細亜大学から2011年にJR北海道入社

JR北海道では
都市対抗、日本選手権のなど社会人野球で活躍しました。

北海道地区ベストナインにも2年連続3度選ばれています。

個性的なバッティングフォームでナイスバッティング本間篤史選手

本間篤史(駒大苫小牧)現在は

2017年にJR北海道の野球部を辞めたそうです。

現在はJR北海道の社員として働いている本間篤史さん
この夏のレジェンド始球式何を思うのでしょうか。