甲子園定番ピンクレディ「サウスポー」モデルは誰?実在したの?

何でピンクレディのサウスポーが甲子園で使われる?

甲子園定番ピンクレディ「サウスポー」モデルは誰?実在したの?

甲子園大会の応援歌で演奏されている
ピンクレディのヒット曲 サウスポーについてなぜなぜ質問に答えます。

  • ピンクレディのサウスポーのモデルは架空の人物「水原勇気」?
  • ピンクレディのサウスポーのモデルとなった選手は実在!
  • サウスポーのモデルとなった実在の選手は誰なのか?
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甲子園の定番ピンクレディの「サウスポー」

ピンクレディ7枚目のシングル
ヒット曲「サウスポー」は、1978年3月にリリースされました。

リリース 1978年3月25日
レーベル ビクター音楽産業
作詞・作曲 作詞:阿久悠
作曲:都倉俊一

こちらの動画です

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ピンクレディのサウスポーのモデルは誰?

サウスポーは当時、世界のホームラン王読売ジャイアンツの王貞治と
女性の投手との対戦を描いた曲です。

「背番号1の凄い奴」
「フラミンゴみたいひょいと一本足」
「スーパースターのお出ましにベンチのサインは敬遠」

など歌詞の中で王選手の事を歌っているのはよくわかりますよね。

作詞を担当した阿久悠さんに王さんが「僕の歌をありがとう」とお礼を言われたそうです。

ピンクレディのサウスポーのモデルは「水原勇気」か?

そして、時代は野球漫画家の水島新司さんの「野球狂の詩」
女性投手「水原勇気」が左のアンダースロー

アンダースローの左投手だけでもプロでは通用しない
しかも、規約上、プロ野球選手登録は認められない

しかし、漫画では女性初のプロ野球選手

1975年東京メッツにドラフト1位で指名された水原勇気は
当時の野球協約を乗り越えて入団します。

水原勇気 “ドリームボール” (SE付) 腰の落とし Pitching Mechanics Slow Motion

「水原 勇気」は、
水島新司の漫画『野球狂の詩』に初の女性プロ野球選手として登場する架空の人物で
実写映画版では木之内みどりさんが テレビドラマ版では斉藤由貴さんが務めました。

「水原 勇気」は
現在でも女性プロ野球選手を目指す吉田えりさん、片岡安祐美さんのような方たちの代名詞として使われてることがあります。

確かにピンクレディのサウスポーのモーションは左のアンダースロー
で水原勇気そっくりです。

しかし、「水原勇気」は架空の人物

サウスポーのモデルとなったプロ野球選手が実在したんです!

ピンクレディのサウスポーのモデルは実在した

左のアンダースローの投手は右バッターから球筋が見えやすく
通用しないとされてきました。

しかし、当時のプロ野球で左のアンダースローの投手が実在したのです。

その選手は当時クラウンライター・ライオンズ(現・埼玉西武ライオンズ)
永射保投手。

作詞家の阿久悠さんは
歌詞を書く上でモチーフとなったのは
1977年のオールスターゲーム第2戦でした。

世界のホームラン王読売ジャイアンツの王貞治に対して
クラウンライター・ライオンズ(現・埼玉西武ライオンズ)
永射保投手のアンダースローから大きなカーブで空振り三振に仕留めた投球に感銘を受けサウスポーの歌詞が浮かんだそうなんです。

左対左では圧倒的な強さの永射保投手

永射保

生年月日:1953年10月3日
死没:2017年6月24日 (63歳)
投球・打席 左投左打
プロ入り 1971年 ドラフト3位
鹿児島県出身の元プロ野球選手

その後、左のアンダースロー(サイドスロー)投手が続々登場しましたが
永射保投手がその草分け的存在でした。

何でサウスポーが甲子園で使われる

ピンクレディの振り付けの投球フォームがアンダースロー気味なのは
永射保投手のフォームをマネたからだそうです。

通算:18年 606試合に出場し44勝 37敗 21セーブの記録を残した永井投手ですが
勝利やセーブポイントの数字には残らない
ワンポイントリリーフとして左の強打者を抑えるサウスポーとして活躍しました。

漫画の「ドリームボール」という決め球を持つ水原勇気もストッパーとして、勝ち試合の9回2アウト2ストライクからの「1球限定」起用が多くあり
サウスポーは1球入魂の場面を歌った歌として甲子園の応援歌でも定着しました。

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